東京高等裁判所 平成8年(行ケ)42号 判決 1997年9月18日
アメリカ合衆国ニューヨーク州 ニューヨーク ウエスト・フォーティース・ストリート 40
原告
アメリカン・スタンダード・インコーポレイテッド
代表者
メリージェーン マホーニー
訴訟代理人弁理士
曾我道照
同
小林慶男
同
池谷豊
同
古川秀利
同
鈴木憲七
同
長谷正久
同
赤澤日出夫
同
福井宏司
同
黒岩徹夫
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 荒井寿光
指定代理人
森川元嗣
同
田中弘満
同
玉城信一
同
吉野日出夫
主文
1 特許庁が平成6年審判第6138号事件について平成7年8月30日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 当事者が求める裁判
1 原告
主文と同旨の判決
2 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和60年9月13日に名称を「引張装置」とする発明(以下、「本願発明」という。)について特許出願(昭和60年特許願第201890号。1984年9月14日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権主張)をしたが、平成5年12月3日に拒絶査定がなされたので、平成6年4月19日に査定不服の審判を請求し、平成6年審判第6138号事件として審理された結果、平成7年8月30日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年11月8日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として90日が附加されている。
2 本願発明の要旨(別紙図面A参照)
鉄道車両において生ずる衝撃を緩和する引張装置において、
(a) 一端部が閉塞されると共に他端部が開放されており、閉塞端部に隣接する後部部分と開放端部に隣接する前部部分をそれぞれ有し、前部部分がその開放状態で後部部分と連通しているハウジング
(b) 前記後部部分の内部に中心に配置され、その一端が前記ハウジングの閉塞端部の内表面の少なくとも一部分に接触し、かつ、前記一端から長手方向に延びている圧縮可能な緩衝要素
(c) 前記圧縮可能な緩衝要素の圧縮及び延伸の間、前記圧縮可能な緩衝要素の前記一端をハウジングの前記後部部分の中心に維持するための、ハウジングの前記閉塞端部の内表面の位置決め手段
(d) 引張装置へ力を加えたり、力を解放する間、前記圧縮可能な緩衝要素をそれぞれ圧縮及び解放するために、一方の面の少なくとも一部分を前記圧縮可能な緩衝要素の反対端に接触していると共にハウジングの内部に長手方向に動くように取付けられているシート部材
(e) 引張装置の圧縮の際にエネルギーを吸収するために、ハウジングの前記前部部分の中に少なくとも一部分が置かれ、
(イ) ハウジングに係合する外方表面と、外方表面と反対側の内方摩擦表面とを有し、全体にわたって約277~321のブリネル硬度を有している、横方向に間隔を置いた一対の外方静止板と、
(ロ) 実質的に均一な厚さであって、外方摩擦表面と内方摩擦表面と、そして外方摩擦表面と内方摩擦表面との間に少なくとも一つの実質的に偏平な端面とを有し、この端面が前記シート部材に係合し、前記外方摩擦表面の少なくとも一部分が、前記外方静止板の前記内方摩擦表面に可動的かつ摩擦的に係合している、横方向に間隔を置いた一対の可動板と、
(ハ) 前記可動板の前記内方摩擦表面の少なくとも一部分に可動的かつ摩擦的に係合する外方摩擦表面と、内方摩擦表面とを有している、横方向に間隔を置いた一対のテーパ板と、
(ニ) 前記テーパ板の内方摩擦表面の少なくとも一部分と可動的かつ摩擦的に係合する外方表面の少なくとも一部分と、前記シート部材に係合する一つの端縁の少なくとも一部分とを有し、その反対側の端縁において、この引張装置の長手方向の中心縁に49~51度の角度かまたは53度の角度で交差する面で外方に傾斜された予定のテーパ部分を有している、横方向に間隔を置いた一対のくさびシューと、
(ホ) 前記くさびシューの前記テーパ部分に係合し、摩擦係合によりエネルギーを吸収するための、前記テーパ部分に適合する予定されたテーパ部分を有する一対の中心くさびと
からなる摩擦緩衝部材
(f) 引張装置を圧縮するように加えられている力が除去された時に、前記摩擦緩衝部材を解放するために、この摩擦緩衝部材を前記圧縮可能な緩衝要素から外方に連続的に押し進めるように、前記シート部材と前記中心くさびとに係合すると共にそれらの間を長手方向に延びているばね解放部材
から成立っていることを特徴とする引張装置
3 審決の理由の要点
(1) 本願発明の要旨は、その特許請求の範囲に記載された前項のとおりと認める。
(2) これに対し、昭和47年特許出願公告第24568号公報(以下、「引用例」という。別紙図面B参照)には、鉄道車両において生ずる衝撃を緩和する引張装置において、
(a) 一端部が閉塞されると共に他端部が開放されており、閉塞端部に隣接する後部部分と開放端部に隣接する前部部分をそれぞれ有し、前部部分がその開放状態で後部部分と連通しているハウジング
(b) 前記後部部分の内部に中心に配置され、その一端が前記ハウジングの閉塞端部の内表面の少なくとも一部分に接触し、かつ、前記一端から長手方向に延びている圧縮可能な緩衝要素
(c) 前記圧縮可能な緩衝要素の圧縮及び延伸の間、前記圧縮可能な緩衝要素の前記一端をハウジングの前記後部部分の中心に維持するための、ハウジングの前記閉塞端部の内表面の位置決め手段
(d) 引張装置へ力を加えたり、力を解放する間、前記圧縮可能な緩衝要素をそれぞれ圧縮及び解放するために、一方の面の少なくとも一部分を前記圧縮可能な緩衝要素の反対端に接触していると共にハウジングの内部に長手方向に動くように取付けられているシート部材
(e) 引張装置の圧縮の際にエネルギーを吸収するために、ハウジングの前記前部部分の中に少なくとも一部分が置かれ、
(イ) ハウジングに係合する外方表面と、外方表面と反対側の内方摩擦表面とを有し、横方向に間隔を置いた一対の外方静止板と、
(ロ) 実質的に均一な厚さであって、外方摩擦表面と内方摩擦表面と、そして外方摩擦表面と内方摩擦表面との間に少なくとも一つの実質的に偏平な端面とを有し、この端面が前記シート部材に係合し、前記外方摩擦表面の少なくとも一部分が、前記外方静止板の前記内方摩擦表面に可動的かつ摩擦的に係合している、横方向に間隔を置いた一対の可動板と、
(ハ) 前記可動板の前記内方摩擦表面の少なくとも一部分に可動的かつ摩擦的に係合する外方摩擦表面と、内方摩擦表面とを有している、横方向に間隔を置いた一対のテーパ板と、
(ニ) 前記テーパ板の内方摩擦表面の少なくとも一部分と可動的かつ摩擦的に係合する外方表面の少なくとも一部分と、前記シート部材に係合する一つの端縁の少なくとも一部分とを有し、その反対側の端縁において、この引張装置の長手方向の中心線に約50度(FIG.3)、約53度(FIG.1)、約55度(FIG.11)の角度で交差する面で外方に傾斜された予定のテーパ部分を有している、横方向に間隔を置いた一対のくさびシューと、
(ホ) 前記くさびシューの前記テーパ部分に係合し、摩擦係合によりエネルギーを吸収するための、前記テーパ部分に適合する予定されたテーパ部分を有する一対の中心くさびと
からなる摩擦緩衝部材
(f) 引張装置を圧縮するように加えられている力が除去された時に、前記摩擦緩衝部材を解放するために、この摩擦緩衝部材を前記圧縮可能な緩衝要素から外方に連続的に押し進めるように、前記シート部材と前記中心くさびとに係合すると共にそれらの間を長手方向に延びているばね解放部材
から成立っている引張装置
が記載されている。
(3) 本願発明と引用例記載の発明とを比較すると、両者は次の点で一致している。
「鉄道車両において生ずる衝撃を緩和する引張装置において、
(a) 一端部が閉塞されると共に他端部が開放されており、閉塞端部に隣接する後部部分と開放端部に隣接する前部部分をそれぞれ有し、前部部分がその開放状態で後部部分と連通しているハウジング
(b) 前記後部部分の内部に中心に配置され、その一端が前記ハウジングの閉塞端部の内表面の少なくとも一部分に接触し、かつ、前記一端から長手方向に延びている圧縮可能な緩衝要素
(c) 前記圧縮可能な緩衝要素の圧縮及び延伸の間、前記圧縮可能な緩衝要素の前記一端をハウジングの前記後部部分の中心に維持するための、ハウジングの前記閉塞端部の内表面の位置決め手段
(d) 引張装置へ力を加えたり、力を解放する間、前記圧縮可能な緩衝要素をそれぞれ圧縮及び解放するために、一方の面の少なくとも一部分を前記圧縮可能な緩衝要素の反対端に接触していると共にハウジングの内部に長手方向に動くように取付けられているシート部材
(e) 引張装置の圧縮の際にエネルギーを吸収するために、ハウジングの前記前部部分の中に少なくとも一部分が置かれ、
(イ) ハウジングに係合する外方表面と、外方表面と反対側の内方摩擦表面とを有し、横方向に間隔を置いた一対の外方静止板と、
(ロ) 実質的に均一な厚さであって、外方摩擦表面と内方摩擦表面と、そして外方摩擦表面と内方摩擦表面との間に少なくとも一つの実質的に偏平な端面とを有し、この端面が前記シート部材に係合し、前記外方摩擦表面の少なくとも一部分が、前記外方静止板の前記内方摩擦表面に可動的かつ摩擦的に係合している、横方向に間隔を置いた一対の可動板と、
(ハ) 前記可動板の前記内方摩擦表面の少なくとも一部分に可動的かつ摩擦的に係合する外方摩擦表面と、内方摩擦表面とを有している、横方向に間隔を置いた一対のテーパ板と、
(ニ) 前記テーパ板の内方摩擦表面の少なくとも一部分と可動的かつ摩擦的に係合する外方表面の少なくとも一部分と、前記シート部材に係合する一つの端縁の少なくとも一部分とを有し、その反対側の端縁において、外方に傾斜された予定のテーパ部分を有している、横方向に間隔を置いた一対のくさびシューと、
(ホ) 前記くさびシューの前記テーパ部分に係合し、摩擦係合によりエネルギーを吸収するための、前記テーパ部分に適合する予定されたテーパ部分を有する一対の中心くさびと
からなる摩擦緩衝部材
(f) 引張装置を圧縮するように加えられている力が除去された時に、前記摩擦緩衝部材を解放するために、この摩擦緩衝部材を前記圧縮可能な緩衝要素から外方に連続的に押し進めるように、前記シート部材と前記中心くさびとに係合すると共にそれらの間を長手方向に延びているばね解放部材から成立っていることを特徴とする引張装置」
しかしながら、本願発明の次の点は、引用例記載の発明と相違している。
<1> 一対のくさびシューが、引張装置の長手方向の中心線に、「49~51度の角度かまたは53度の角度」で交差する面で外方に傾斜された予定のテーパ部分を有している点
<2> 一対の外方静止板が、全体にわたって「約277~3321のブリネル硬度」を有している点
(4) 各相違点について判断する。
<1> 本願発明のくさびシューが、引張装置の長手方向の中心線に対し「49~51度の角度かまたは53度の角度」のテーパ角度を有しているのに対し、引用例には、約5.0度、約53度、約55度のテーパ角度を有するくさびシューが記載されているので、相違点<1>に係る本願発明の構成は、引用例に記載されているといえる。
<2> 本願発明の外方静止板が、全体にわたって「約277~321のブリネル硬度」を有しているのに対し、引用例にはその外方静止板の硬度が明確には記載されていない。しかしながら、本願発明が要旨とする上記硬度の範囲は、一般的な耐摩擦材の硬度値(例えば、Ni-Cr-Mo鋼SNCM 431、447のブリネル硬度は、それぞれ248~302、341~415である。)にすぎないので、本願発明がこのように周知の部材を外方静止板として用い、その部材の硬度値を限定したとしても、その数値に臨界的意義を認めることはできず、相違点<2>に係る本願発明の構成は当業者が適宜に採り得た選択事項にすぎない。
<3> そして、本願発明がくさびシュー及び外方静止板をそれぞれ相違点<1>及び<2>のように限定したとしても、それによって奏される効果は、当業者が引用例記載の発明から予測し得た程度のものであって、格別顕著なものとは認められない。
(5) したがって、本願発明は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
4 審決の取消事由
引用例に審決認定の技術的事項が記載されていること(ただし、下記(1)において主張する点を除く。)、本願発明と引用例記載の発明とが審決認定の一致点及び相違点を有することは認める。しかしながら、審決は、引用例記載の技術内容を誤認して相違点<1>の判断を誤り、かつ、本願発明が奏する作用効果の顕著性を誤認した結果、本願発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1) 相違点<1>の判断の誤り
審決は、引用例には引張装置の長手方向の中心線に対して約50度、約53度、約55度のテーパ角度を有するくさびシューが記載されていると認定している。
しかしながら、特許願書添付の図面は、当該発明の技術内容を説明する便宜のために描かれるものであり、設計図のような正確性をもって描かれるものではない。現に、別紙図面BのFIG.1とFIG.3は同一の引張装置の異なる状態を図示したものであるにもかかわらず、くさびシューのテーパ角度は審決認定のように一致していないし、同一図面において左右(図面では上下)が対称であるべき一対のくさびシューの各テーパ角度も、厳密には一致していない。付言するに、引用例記載の発明は、ゴム・エレメントとコイル・バネ・エレメントとを組み合わせることによって衝撃吸収性の優れた引張装置を得ることを特徴とするものであって、くさびシューあるいはその関連部材の改良を意図するものではないから、別紙図面Bのくさびシューのテーパ角度が正確を期して描かれていると解することはできない。
したがって、引用例の発明の詳細な説明にくさびシューのテーパ角度に関する記載が全く存しない以上、別紙図面Bに描かれている実施例のくさびシューがたまたま約50度ないし55度のテーパ角度を示しているからといって、引用例に引張装置のくさびシューのテーパ角度を約50度、約53度あるいは約55度に構成する技術的思想が開示されていると認定することは誤りである。そして、このように誤って認定された引用例記載の技術内容を前提とする相違点<1>の判断が誤りであることはいうまでもない。
(2) 作用効果の看過
審決は、本願発明が要旨とする外方静止板の硬度の限定には臨界的意義を認めることができず、本願発明がくさびシュー及び外方静止板をそれぞれ相違点<1>及び<2>のように限定したとしても、それによって奏される効果は当業者が引用例記載の発明から予測し得た程度のものである旨判断している。
しかしながら、原告の実験資料メモである甲第5、6号証によれば、本願発明が、外方静止板の硬度をその要旨のとおり限定したことによって、くさびシューのテーパ角度の限定と相俟って、従来技術では得られなかった軽量でありながら衝撃吸収能力の優れた引張装置を実現していることが明らかである。したがって、外方静止板の硬度の限定は当業者が適宜に採り得る選択事項にすぎず、本願発明の効果は引用例記載の発明から当然予想し得た程度のものであって格別顕著なものとは認められないとした審決の判断は誤りである。
この点について、被告は、原告の実験資料によっても外方静止板のブリネル硬度の約277あるいは約321という数値が臨界的意義を有するとは認められない旨主張する。確かに、上記数値には厳密な意味における臨界的意義はないが、本出願前に使用されていた外方静止板(マーク50型)のブリネル硬度が429~495であったことからすれば、その数値を321以下に限定することに技術的意義を認めるべきことは当然である(ただし、本出願後の研究によって、約277という数値には格別の意義がないことが判明した。)。
第3 請求原因の認否及び被告の主張
請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。
1 相違点<1>の判断について
原告は、特許願書添付の図面は設計図のような正確性をもって描かれるものではないから、別紙図面Bに描かれているくさびシューがたまたま約50度ないし55度のテーパ角度を示しているからといって、引用例に引張装置のくさびシューのテーパ角度を約50度、約53度あるいは約55度に構成する技術的思想が開示されていると認定することは誤りであると主張する。
しかしながら、特許願書添付の図面が、当該発明の構成を理解する一つの目安となり得ることは当然である。そして、別紙図面BのFIG.1、FIG.3及びFIG.11からは、審決認定のとおりのくさびシューのテーパ角度を読み取ることができるから、引用例記載のくさびシューのテーパ角度に関する審決の認定を誤りとすることはできない。
2 本願発明の作用効果について
原告は、原告作成の実験資料によれば、本願発明は、外方静止板の硬度をその要旨のとおり限定したことによって、くさびシューのテーパ角度の限定と相俟って、軽量でありながら衝撃吸収能力の優れた引張装置を実現していると主張する。
しかしながら、原告が援用する実験資料は、実験条件や実験結果の記載内容が不明確であるから、これによって外方静止板のブリネル硬度の約277あるいは約321という数値が臨界的意義を有することが明らかにされたとは到底いえないし、衝撃吸収能力と装置の軽量化との関係は全く不明である。そして、機械設計に際して部材の性状や規格を考慮することは当然であるから、本願発明が要旨とする外方静止板の硬度の限定は当業者が適宜に採り得る選択事項にすぎないとした審決の判断に誤りはない。
第4 証拠関係
証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
第1 請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)、3(審決の理由の要点)、及び、引用例に審決認定の技術事項が記載されていること(ただし、事実欄第2の4(1)において原告が主張する点を除く。)、本願発明と引用例記載の発明が審決認定の一致点と相違点を有することは、いずれも当事者間に争いがない。
第2 そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。
1 成立に争いのない甲第2号証(特許願書添付の明細書)及び第3号証(手続補正書)によれば、本願明細書には本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が次のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照。なお、手続補正書による細かい字句の補正については、記載箇所の摘示を省略する。)。
(1) 技術的課題(目的)
本願発明は、鉄道車両における衝撃を緩和するための引張装置、特に、同じ衝撃吸収能力を保持しながら、より軽量の引張装置に関するものである(明細書6頁11行ないし14行)。
本出願前の引張装置は、米国特許第2、916、163号、第3、178、036号及び第3、447、693号明細書に記載されており、これらの特許に開示されている技術的事項は、すべて本願発明に組み込まれている(同6頁16行ないし19行)。
鉄道車両の重量を軽減するためには、車両の補助設備の重量を低く保つことが望ましい(6頁20行ないし7頁2行)。しかしながら、引張装置は、アメリカ鉄道車両協会(A.A.R.)規格による最小の衝撃吸収能力、すなわち、少なくとも4,979kg.m(36,000フート・ポンド)を有していなければならないうえ、このような高いエネルギー衝撃が連結器の胴を膨径しないように、車両の中ばりにおいて226.5t(500,000ポンド)の反作用圧力を超過することなしに衝撃吸収が遂行されねばならないことも重要である(同7頁11行ないし8頁5行)。
本願発明は、従来の装置より軽量であるが、A.A.R.規格を満足しつつ、より少ない部品を使用し、取付けのために現在の鉄道設備に何らの変更も要しない引張装置を提供することである(同8頁7行ないし19行)。
(2) 構成
上記の目的を達成するために、本願発明は、その要旨とする構成を採用したものである(手続補正書4枚目3行ないし5枚目15行)。
(3) 作用効果
本願発明によれば、A.A.R.規格を満足しながら、従来の装置より軽量の引張装置を得ることができる(明細書20頁2行ないし4行)。
2 相違点<1>の判断について
原告は、特許願書添付の図面は設計図のような正確性をもって描かれるものではないから、別紙図面Bに描かれているくさびシューがたまたま約50度ないし約55度のテーパ角度を示しているからといって、引用例に引張装置のくさびシューのテーパ角度を約50度、約53度あるいは約55度に構成する技術的思想が開示されていると認定することは誤りである旨主張する。
検討するに、成立に争いのない甲第4号証によれば、引用例の2欄4行ないし3欄32行には、その発明の技術的課題(目的)及び構成・作用効果の概要が次のように記載されていることが認められる(別紙図面B参照)。
「本発明は(中略)、組み合わせ、バネ機構が共働し、互いに係合したゴム・エレメントとコイル・バネ・エレメントとから構成されて、当該バネ機構の基本的封鎖特性に比例して摩擦作用力を生起する摩擦クラツチ機構を緩衝し、当該バネ機構の封鎖特性を増倍する結果となるように配置した新規な引つ張り装置に係るものである。
今日使用されている引つ張り装置の3種の主要な型式は次の如きものである。すなわち、コイル・バネ式摩擦引つ張り装置と、ゴム・パツド式摩擦引つ張り装置と、純然たるゴム・パツド式引つ張り装置とであるが、これらはいくつかの制約と好ましからざる欠点を有している。
コイル・バネ式の摩擦引つ張り装置は、反動作用が小でまた巻き戻り作用も小であるが能力が制約されまれ(「まれに」の誤記と考えられる。)過大の打撃(すなわち、当該装置の能力以上のエネルギーを有する打撃)が生起して、貨物車のフレームにかけられる作用力は非常に高くなり、貨物車および貨物に損傷を与えることになる。
本発明の主目的は上記の如き欠点を排除する引つぱり装置を提供することである。
本発明の他の1つの目的はゴム・エレメントとコイル・バネ・エレメントとの最善の特徴を結合させる引っ張り装置を提供することである。(中略)
要約すれば、本発明の諸目的は組み合わせたゴム・コイル・バネーユニツトを有し、当該ユニツトがその封鎖性に応じて励起する摩擦クラツチに対し作用し、それによりこの組み合わせユニツトの封鎖特性がこの摩擦クラツチにおいて増倍されるようにした引つ張り装置を提供することにより達成される。この組み合わせユニツトはラセン状のコイル・バネ内に封入された管状のゴム製コアまたはスリーブから成り、当該コイル・バネはゴムが外方に流れるのを制限してこのユニツトに所要の封鎖抵抗を与えかつ内方た向かってゴムが流れるようにしてこのユニツト内に円滑な圧力が生起するようにしてある。
この型式の組み合わせユニツトは、摩擦引つ張り装置の機能を改良するのに特に好適である有利な封鎖特性を示す。更にまた、このユニツトはその封鎖特性が単に設計を変更するだけで特定の用途に適応するように変形することができるという著しい多用性を有している。例えば、貨物車に使用するのに高い能力と運動に対する確実な初期の抵抗が必要の場合には、このゴム製のコアは相当な初期圧力の下にそれを載置するのに、コイル・バネより幾分大なる自由高さを有することができるが、しかしながら、客車の場合におけるようにおだやかな始発作用を所望する場合には、コイル・バネの自由高さに対し短かいゴム製コアを使用し、またもし同じ限界能力を保持せんとするには、更に短いゴム・コアにそれより一層小さい中心開口を設けることができる。
実際には、組み合わせコイル・バネおよびゴム・コア・ユニツトに対してはO、Dと、I、Dと、ゴム・コア・エレメントおよびコイル・バネ・エレメントの自由高さを適当に組み合わせることにより任意所望の封鎖特性が達成される。」
そして、前掲甲第4号証によれば、引用例には、くさびシューのテーパ角度の数値を限定することについての技術的意義も、実施例を示す図面に記載された上記角度についても、全く記載されていないことが認められる。
以上のような引用例の記載によれば、引用例記載の発明の目的が、専ら本願発明の要旨にいう「圧縮可能な緩衝要素」の改良にあり、くさびシューを含む「摩擦緩衝部材」の改良でないことは明らかである。したがって、引用例記載の発明の実施例として描かれている別紙図面BのFIG.1、FIG.3あるいはFIG.11のくさびシューのテーパ角度が、問題意識をもって正確に記載されていると考えることはできない。そもそも、特許願書添付の図面は、当該発明の技術内容を説明する便宜のために描かれるものであるから、設計図面に要求されるような正確性をもって描かれているとは限らない。現に、前掲甲第4号証によれば、引用例の「図面の簡単な説明」の欄には「第3歯は第1図に類似するも閉鎖された位置にある場合を示し」(1欄22行、23行)と記載されているから、別紙図面BのFIG.1におけるくさびシューのテーパ角度と、FIG.3におけるくさびシューのテーパ角度とは完全に一致しなければならない筈であるが、審決の認定によれば、前者が約53度であるのに対し後者は約50度であるというのであるから、別紙図面Bは設計図面に要求されるような正確性をもって描かれてはいないと認めざるを得ない。
もっとも、引用例に開示された技術的事項は、本出願当時の技術水準を背景として当業者において認識し理解するところに基づいて判断されるべきものであるから、本出願当時、引張装置のくさびシューのテーパ角度を約50度にすることが当業者に広く知られた技術的事項であれば、引用例にその角度について格別の記載や示唆が存しなくとも、当業者はその図面から引用例記載の発明においてもその角度を約50度に設定していると認識するといえるが、本出願当時の技術水準を上記のように認定することのできる証拠は存しないから、この点から引用例にはその角度を本願発明と同一の角度としたものが開示されているということはできない。
したがって、別紙図面Bに描かれているくさびシューがたまたま約50度ないし約55度のテーパ角度を示していることを捉えて、引用例には引張装置のくさびシューのテーパ角度を約50度ないし約55度に構成する技術的思想が開示されているということはできない。そうすると、「引用例には、約50度、約53度、約55度のテーパ角度を有するくさびシューが記載されている」とした審決の認定は誤りといわざるを得ず、この認定の誤りが、引用例記載の発明に基づいて本願発明の構成が想到容易であったとする趣旨の審決の判断の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
3 以上のとおりであるから、本願発明の進歩性を否定した審決は、その余の取消事由について論ずるまでもなく、違法として取消しを免れない。
第3 よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)
別紙図面A
12…ハウジング;14…後部部分;16…底板;18…圧縮可能な緩衝要素;20…前部部分;24…シート部材;28…ばね;38…盛上げ部分;40…側壁;42…摩擦緩衝部材;44…外方静止板;50…可動板;56…端面;58…テーパ板;64…くさびシュー;72…中心くさび;76…ばね解放部材
<省略>
別紙図面B
<省略>